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パフォーミング・クレジット四半期レポート:現在の貸し手は誰なのか?ネットゼロに向けた世界的な取り組みを背景に、成熟した技術に基づくクリーンな発電源である原子力発電に注目が集まっています。
2050年までに排出ネットゼロを達成するためには、利用可能なクリーンエネルギー技術すべての大規模な導入が必要となります。水力発電、太陽光発電、風力発電、蓄電は解決策の一部ですが、クリーンなベースロード電源(コストが安く、昼夜を問わず安定的に発電できる電力源)として原子力発電も重要な役割を果たすことが見込まれます。実際のところ、原子力発電のキャパシティ増加なしに排出ネットゼロを達成するシナリオの現実味はありません。
原子力は長い間、信頼性の高いクリーンなエネルギー源となっています。今日、約440基の原子炉から供給される原子力発電は世界の電力の約10%を占めています1。今後20年以上にわたってエネルギー需要が増加するにつれ、クリーンエネルギー需要は加速し、原子力発電への投資を後押しすることが予想されます。現に、国際エネルギー機関(IEA)が策定した2050年ネットゼロ達成に向けた世界のロードマップにおいては、400ギガワット相当の発電キャパシティが追加となり、原子力発電が占める割合は2020年から2050年の間に倍増する道筋が描かれています(図表1参照)2 。
原子力エネルギーが排出ネットゼロ目標の達成に大きく貢献することが認められ、新しい原子炉の開発に再び注目が集まっており、すでに稼働している世界の原子力発電所の拡張や、規制に基づく許容発電量の増強(アップレート)の可能性が高くなっています。EU、米国、英国、フランス、中国、韓国、日本をはじめとする多くの国々は、クリーンエネルギー目標を達成する上で原子力が重要な役割を果たすことを宣言したり、公共政策の変更を行っています。
これと同時に、化石燃料の価格上昇、地政学的な変化、エネルギーの安全保障と自給に対するニーズが相俟って、原子力の魅力が再び高まっています。これは、1970年代のオイルショックを想起させます。現在稼働中の原子力発電所の40%は、オイルショック後に建設されたものです。大規模な初期投資を経て、原子力発電は今や世界で最も安い電力を供給しています3。
原子力はまた、規制や安全に関する業界基準が極めて高く、世界的に最も安全な発電技術の1つとなっており、今後もその高い安全性を維持し続けます。しかし、原子力に関する誤解が幅広く普及しており、多くの人々は原子力の有用性を見過ごしています。クリーンで、安全かつ信頼性が高く、安価なエネルギー源である原子力発電は、今後数十年間にわたり増加すると当社では考えています。また、原子炉技術が今後も進歩を続けることを考えると、原子力発電は再び脚光を浴びることになるでしょう。
脱炭素化計画が加速するとともに、先進国が先導する格好で化石燃料の段階的な廃止が必要となります。太陽光発電や風力発電といった従来の再生可能エネルギーは、増大するエネルギー需要を支え、CO2排出を伴う発電の大部分を置き換えると見込まれます(図表2参照)。しかし、これらは断続的な電源であるため、蓄電設備やクリーンなベースロード電源も必要となります。そして、途切れなく需要に応じた電力供給が可能な水力発電も、重要な役割を果たしていくと予想されます。
とはいえ、従来の再生可能エネルギーだけでは、クリーンエネルギーのギャップを完全に埋めることはできません。蓄電はまだ新しい技術です。また、水力発電の場合、既存の発電所は最適な場所にあることが多く、脱炭素ソリューションの重要な一部となっていますが、新規開発に際しては適切な場所を見つけるのが難しく、認可取得は困難で、建設には複数年を要し、かつ費用が高い、これは特に先進国で言えることです。
これはつまり、クリーンエネルギーのベースロード電源として、原子力発電がギャップの大部分を埋める必要があるということを意味します。原子力発電によるCO2排出削減効果は、ここ50年間で60ギガトン以上に匹敵します。これは、エネルギー関連の世界的なCO2排出量のほぼ2年分に相当します(図表3参照)。
さらに、原子の高エネルギー密度を利用する原子力発電では、中断することなく大量の電力供給が可能です6 。原子力は、ベースロード電源としての利用だけでなく、電力系統の慣性(電力の安定供給に必要な調整能力)を維持する役目を果たしており、その多くは電力需要に応じた柔軟な運転が可能となっています。
その利点を考えれば、CO2排出削減の目標に沿った発電容量の拡大を模索する国々にとって、原子力が解決策の一部であることは明確です。この良い例が英国です。英国は、発電の40%を化石燃料に依存しており、その大半がガス火力である一方、原子力発電がが占める割合は16%にとどまっています(図表4参照)7。原子力発電の割合を引き上げつつ、既存の発電設備を取り替える必要があります。
現在のところ、英国は最大で8基の原子炉を新たに開発する計画の概要を発表しています。英政府の目標は、2050年までに国内電力需要見通しの約25%を原子力で賄い、排出ネットゼロ目標の達成とエネルギー自給率の向上に貢献することです。
中国は、さらに速いペースで原子力発電の増強を図っています(図表5参照)。同国は、2030年までにCO2排出量をピークアウトさせ、2060年までに排出ネットゼロを達成することを宣言しています。足元で電力需要が増加を続けるなか、発電量の60%超を占めるのは石炭火力です。
一方で、原子力発電量世界第5位の韓国では、依然として化石燃料が占める割合が高くなっています。実際のところ、化石燃料輸入量世界トップ5に位置しています8。排出削減目標を達成するため、尹錫烈(ユン・ソクヨル)大統領率いる新政権は、原子力発電の段階的廃止計画を撤回し、エネルギーミックスにおける原子力の割合を引き上げる予定です9。
電力系統における再生可能エネルギー量が増加する一方で、新たな原子力発電所は重要なバックアップを提供することが可能です。新しい種類の原子炉は需給調整能力に優れており、公益事業のような大規模であれ、分散型発電の様な小規模であれ、クリーン電力のベースロード需要を満たすことが可能となっています。
例えば、既存のディーゼル発電インフラを小規模な用途に置き換えることができる、マイクロモジュール・リアクターの開発が進められています。また、古い化石燃料発電設備、特に石炭火力発電設備を置き換えることも、世界的なクリーンエネルギー需要を満たす上で大きな役割を果たすことになるでしょう。
最後に、原子力は水素経済への移行を支援することもできます。エネルギー密度が低いため、電気やバッテリーが効果的でない、脱炭素化が困難な産業において、化石燃料の代わりに水素を使用することなしに、ネット・ゼロに到達する方法を想像するのは困難です。また米国では、最近成立したインフレ抑制法がクリーン水素の経済性向上に役立っており、原子力発電所が水素製造施設に電力を供給する機会も生まれつつあります。
今後数年間は、原子炉から放出される蒸気と電気を利用して最終的に「ピンク色の水素」と呼ばれるものを製造する高温水蒸気電解(HTSE)のような新技術が重要な役割を果たす可能性があります。
ウクライナ侵攻に伴うロシアの戦略的孤立、エネルギー供給網の混乱、エネルギー価格の高騰など、今日のマクロ経済環境は1970年代を彷彿とさせます。
当時の状況と同様に、各国政府とも、国内エネルギー生産を強化し、国外からのエネルギー輸入に対する依存を減らすための迅速な対策を優先しています。なお、欧州の天然ガス価格は2021年に入ってから大きく上昇しています(図表6参照)。
単純な現実として、自国が天然ガス資源を持たない場合、原子力エネルギーは長期的なエネルギー統治を確立する最良の方法のひとつです。
実際に、国外生産者からガスを大量輸入している欧州諸国は、原子力発電を選択肢の一つとして真剣に検討し始めています。その例として、地政学上の不安定さが懸念される点を理由に、ベルギーは原子力発電所の稼働延長に対する意向を表明しました。
しかし、原子力発電の進歩は一直線ではなく、ジグザグに進む傾向があります。英国を例にとると、1995年にサイズウェルB が完成して以来、原子炉は建設されていません。その後、2022年9月、ボリス・ジョンソンは首相としての最後の取り組みとして、サフォークで建設予定のサイズウェルC原子力発電所に英国政府が20%出資することを発表しました。同プロジェクトは、建設に10年以上を要する見込みです。一方で、エネルギー危機のあおりを受け、英国の電力ガス料金は65%値上がりする見通しです12。
サイズウェルC発電所からの恩恵が消費者に及ぶのは当分先の話とはいえ、英国のエネルギー自給に向けた大きな一歩だと言えます。
ロシアのウクライナ侵攻を背景にガス不足に悩まされるドイツは、冬に向けてエネルギー供給を維持するため、炭素集約度の高い石炭火力を大幅に増やすと発表しています13。また、残る原子力発電所3カ所についても閉鎖計画が流動的になっており、同国は9月、そのうち2カ所の閉鎖を延期する意向を表明しています14。
電力価格はガス料金の影響を大きく受けるため、こうした地政学的・マクロ経済的な出来事はすべて相互に関係しあっています。欧州の基準価格となっているドイツの1年後のベースロード電力は、8月下旬に1メガワット時当たり700ユーロを超えました(図表7参照)。現在の価格水準では、ドイツ製造業のようなエネルギー消費量の多いセクターにとって、厳しい経営環境が継続しています15。
EUは、ロシア産エネルギー依存からの脱出計画を発表しました。この「REPowerEU」と名付けられた3,000 億ユーロ規模の計画には、より野心的な再生可能エネルギーの導入目標が含まれています。発電容量の拡大や補助金・融資により、2026年から30年までの年間キャパシティ追加が5倍のペースに加速すると予想されています16。
このような環境を考えると、原子力は恩恵を受けて然るべきです。フランスはすでに、電力需要の70%近くを原子力発電で賄っています(一連のメンテナンス問題により、その割合は一時的に低下していますが)17 。また、今年に入り、新たに原子炉14基を開発する計画を発表していることからも、原子炉の20%を停止する計画を発表した4年前と比較して、フランスが大きく政策転換したことをは明白です。
米国で原子力が年間総発電量に占める割合は約20%です。シェール革命によって天然ガス資源という優位性を持っている同国でも、電力不足の脅威と戦う必要があります。例えば、カリフォルニア州のディアブロ・キャニオン原子力発電所では、低コストで排出ゼロの電力を300万人超に供給しています。同発電所は2025年までの閉鎖が予定されていたものの、カリフォルニア州議会は最近、運転期間を5年延長することを決定しています。
日本でもエネルギー自給率の向上が必要となっています。ロシア産ガス輸入への依存度が高いことからも、世界第3位の経済大国において原子力をめぐる議論が再燃しています(図表8参照)18。
日本の岸田文雄首相は2022年5月、英国ロンドンの金融街シティで講演を行い、「既存の原発1基が再稼働すれば年間100万トンの液化天然ガス(LNG)を世界市場に新規に供給するのと同じ効果がある」と発言しています19。これは、その後2022年8月に発表された、原子力に軸足を戻すというエネルギー政策の変更を予示するものでした。
信頼性が高く、排出ゼロのクリーン電力を安定的に供給しているにもかかわらず、原子力、特にその安全性に関して、人々は否定的な意見を持っています。100%安全な技術は存在しませんが、原子力は石炭、石油、ガスよりも、はるかに安全な技術である事がデータで証明されています20 。過去の事故を教訓に進化を遂げてきた原子力セクターでは、安全性重視の姿勢がさらに強まっています。
もうひとつの批判は、原子力発電の開発に焦点を当てたものです。歴史的に、原子炉の建設はある意味初めての試みでした。新たなサプライチェーンの構築が必要だったため、開発プロジェクトは大規模なものとなり、しばしばコスト超過や進捗遅延が発生していました。その結果、投資家の意欲が低下し、原子力発電プロジェクトの件数は低迷していきましたた(図表9参照)。また、新たな原子力発電所開発に対する関心が薄れるなかで、業界の知識や専門技術も衰退していきました21。
しかし、この様な局面でも原子力技術は大きく前進しています。新しい原子炉では、古い原子炉の脆弱性が取り除かれていなければなりません。現在建設中の原子炉は50基超に上ります22。今後は、原子力サプライチェーンが以前よりも確立されていることからも、大型原子炉の建設の方が費用対効果に優れ、建設もスケジュール通りに進むであろうと当社では考えています。
大衆から原子力に対する支持を獲得するためには、ソーシャル・ライセンス(地元住民やステークホルダーからの支持)が必要条件であるのは間違いなく、一部の国では幅広い合意が必要となる場合もあります。これには、動力に頼らない受動的安全システム(次ページ、ウエスチングハウスを参照)など、原子力技術の発展に関する認知の拡大も含まれます。
新たな原子力発電所の建設には、投資の活性化、そして効率性と信頼性に優れた開発プロセスという保証が必要です。7月上旬、欧州議会は、持続可能な経済活動に関するEUの独自基準(EUタクソノミー)において、天然ガスと原子力を持続可能なエネルギー源に指定する法律を承認しており23、この取り組みを助成すると見込まれます。このタクソノミーは、気候変動関連目標の達成に向けた民間資本の組み入れをその目標のひとつとして開発されています。
クリーンエネルギー需要の急増や、エネルギー安全保障の重要性が世界的に高まっていることを背景に、原子力にはいま、大きな追い風が吹いています。政策担当者や投資家の間では、2050年までに排出ネットゼロを達成するにあたり原子力が担う役割が広く認知されるようになっています。
未来はすぐそこまで来ています。科学と工学の分野における進歩は積み重ねだという点を念頭に置くことが重要です。過去の教訓を踏まえた新たな原子炉の開発が進んでおり、原子力発電に新たな夜明けが訪れようとしています。
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脚注
1.世界原子力協会、「Nuclear Power in the World Today」、2022年6月。
2.国際エネルギー機関(IEA)、「Nuclear power can play a major role in enabling secure transitions to low emissions energy systems」 、2022年6月30日。
3.世界経済フォーラム、「Nuclear energy can be the turning point in the race to decarbonize」、2022年5月22日。
4.カナダ・オンタリオ州政府、「Ontario - First Place in North America to End Coal-Fired Power」、2013年11月21日。
5.カナダ・オンタリオ州政府、「The End of Coal」
6.世界経済フォーラム、「Nuclear energy can be the turning point in the race to decarbonize」、2022年5月22日。
7.フィナンシャル・タイムズ、「Ministers under fire for ‘last minute’ attempt to bolster Britain’s winter energy supplies」、2022年6月5日。
8.フィナンシャル・タイムズ、「South Korea signals nuclear fuel U-turn as global energy crisis looms 」、2022年4月13日。
9.ブルームバーグ、「South Korea Looks to Nuclear Expansion in Bid to Meet Climate Targets」、2022年6月16日。
10.デューク・エナジー。
11.デューク・エナジー。
12.コーンウェル・インサイト、フィナンシャル・タイムズ経由、「UK energy bills to soar towards £3,400 a year this winter, suggests research」、2022年7月8日。
13.フィナンシャル・タイムズ、「Germany fires up coal plants to avert gas shortage as Russia cuts supply」、2022年6月19日。
14.フィナンシャル・タイムズ、「Germany to keep nuclear plants on standby in case of energy crunch」、2022年9月5日。
15.ブルームバーグ、「Many Winters Are Coming. Start Saving Energy Now」、2022年6月27日。
16.ゴールドマン・サックス、「Europe Utilities: RePowerEU: a secular game-changer, if properly implemented」、2022年5月18日。
17.フィナンシャル・タイムズ、「Power plant shutdowns hinder France’s ‘nuclear adventure’」、2022年5月30日。
18.フィナンシャル・タイムズ、「Ukraine war is ‘best opportunity’ for nuclear comeback since Fukushima, industry says」、2022年5月15日。
19.Nikkeiアジア、「Transcript: Japan PM Kishida‘s speech in London」、2022年5月5日。
20.アワ・ワールド・イン・データ、「What are the safest and cleanest sources of energy」、2020年2月10日。
21.ウォール・ストリート・ジャーナル、「Nuclear Power Is Poised for a Comeback. The Problem Is Building the Reactors」、2022年6月23日。
22.世界経済フォーラム、「Nuclear energy can be the turning point in the race to decarbonize」、2022年5月22日。
23.フィナンシャル・タイムズ、「EU parliament votes to designate gas and nuclear as sustainable」、2022年7月6日。