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価値の創出:非公開化とカーブアウトプライベート・エクイティ(PE)の世界的な成長を牽引してきたのは主に割安なデットとマルチプルの拡大でしたが、今後、良好なPEパフォーマンスを後押しするのは、バリュー投資と積極的な運営を通じたマージン拡大になると見込まれます。
これまで、プライベート・エクイティのリターンを大きく引き上げるための伝統的な戦略は、比較的シンプルでした。すなわち、安価なデットを使って企業を買収し、数年後に健全な利益を得て売却するというものです。この手法のベースになっていたのは、マルチプルの拡大です。
もはや、この単刀直入なアプローチは、常に有効ではなくなっています。インフレの急進行を抑えるための利上げによって、ここ数年は取引活動が大幅に低迷しています。これを受けて、マネージャーはリターンを創出するために一層の努力が必要となっています。今日において、リターンの引き上げには、マージンの拡大と割安に投資することが重要となっています。
過去25年間にわたり、非公開化取引や企業カーブアウトは、マージン拡大の余地を含む価値創出の有望な源泉であり続けてきました。しかし、その実現には高度な実行力が求められます。資本投入だけでは不十分であり、経営陣は製品ラインアップ、人員構成、生産プロセスなど、ポートフォリオ企業のオペレーションに深く踏み込む必要があります。こうした複雑さに真正面から取り組めるマネージャーは多くありません。そのため、これらの案件に対する競争は自然と減少していくというのが当社の経験則です。
従来、プライベート・エクイティ市場への投資は、高値で取得し、さらに高い価格で売却するというケースが大半でした。多くのスポンサーは、基礎的な運営の強化よりも「マルチプル・アービトラージ1」によって大きな利益を上げていました(図表1)。資本が潤沢な市場において、低利回り環境下でリターンを求める機関投資家や個人投資家の間でPEへの関心が高まったことが追い風となり、実績あるスポンサーの資金調達は過去最大規模を記録しました。一方で、新興マネージャーが急増によって、より多くの資金が流入し、案件獲得競争が激化したのです。
出所:CEPRESデータを基にディールエッジ作成、ベイン・アンド・カンパニーの分析。
過去3年間にわたり、バイアウト市場は劇的な好不況のサイクルに翻弄されました。2020年のコロナ禍と投資が停滞した時期を経て、世界はゼロ金利に近い環境へと移行し、積み上がった投資資金の活用意欲が高まりました。その結果、2021年には取引活動が件数と評価額の両面で目も眩むような新記録を達成しました。
そして、奏でられていた音楽が停止します。コロナ禍の景気刺激策や金融緩和政策によるインフレの抑制に向けて、2022年初頭から各国中央銀行が積極的な利上げに踏み切った結果、案件取引は劇的に減少しました(図表2)。
出所:ピッチブック、米連邦準備制度理事会。2023年9月20日時点のデータ。2023年6月30日までの年間実行レートに基づく2023年の資本投資。
このような金融引き締め政策により、レバレッジを活用して高いリターンを狙っていたバイアウト・マネージャーにとって、状況は一層厳しくなりました。より多くのエクイティを投入するということは、ポートフォリオ企業が、より高コストな借入金の返済を抱えるリスクを負うことを意味します。その結果、コーポレート・ファイナンスの基本原則の一つが鮮明に示されることとなりました。すなわち、金利の上昇は、レバレッジの効いた資産では特に、バリュエーションの低下を引き起こすということです。
こうした状況の中で、バイアウト市場は2023年半ば以降、ほぼ停滞した状態に陥っています。高値で企業を買収したマネージャーたちは、単純に言えば、それを安値で手放すことに抵抗感を持っています。また、スポンサー間取引がエグジット戦略の相当な割合を占めているため(図表3)、バイサイドの案件取引も大きく落ち込んでいるのが現状です。
出所:マージャーマーケット。データは2024年3月13日時点。
しかし最近になって、バイアウト市場は徐々に回復の兆しを見せ始めています。2023年から2024年の大半にかけて、市場に出回るのは最優良企業に限られていましたが、現在はより活発な動きが見られるようになってきました。一部のジェネラル・パートナー(GP)は、市場の反応を探るべく、クオリティの異なる企業を売りに出し、誰が手を出すか様子を見ている状況です。とはいえ、これらの取引における売り手と買い手の価格差(ビッド/アスク・スプレッド)は依然として大きな課題となっています。
これまでバイアウトといえば、投資銀行が仲介者となり、名乗りを上げる多数の資金スポンサーに接触してその関心を探る、という流れが大半でした。これはいわば、受動的なプロセスです。しかし、非公開化においては、マネージャーがターゲット企業の取締役会に積極的にアプローチし、事業における潜在的な価値を引き出す計画を提示しなければなりません。
当社の経験では、上場企業はプライベート市場で見られるようなスピード感や切迫感に欠ける傾向があります。上場企業の業績が思わしくない場合、CEOや取締役会は株価の下落や株主価値のさらなる低下を恐れて、必要とされる抜本的な改革や変革を躊躇しがちです。
この初期段階の働きかけは、特定の企業や業界を数カ月、場合によっては数年にわたって追跡した後に実施されます。買い手は、公開された書類や財務諸表を精査するだけでなく、業界の専門家やアドバイザーと協力し、企業、その競争上のポジショニング、長期的な見通しについてより深い洞察を得る必要があります。買収対象企業の取締役会から回答が得られるか、ましてや面会に応じる合意が得られるかどうかも分からないまま、買い手はこうした「アウトサイド・イン」の作業をすべて行う必要があるのです。当社が経験したところでは、私たちの経験では、特にミドルマーケットのスポンサーの多くは、こうしたリスクを取る価値はないと判断するのが一般的です。
企業の非公開化が適していると買い手が判断した場合、その後、取締役会、経営陣、労働組合、最終的には株主の承認を得る必要があります。さらに、非公開化取引は規制当局によって厳しく監視されるため、全プロセスを通じて、必須の提出書類や臨時のリクエストに対応するために、膨大な法令関連作業が求められます。
よくあることですが、アクティビスト(物言う株主)がテイク・プライベート取引に介入してくることもあります。彼らは価格の引き上げを迫ったり、場合によっては取引自体を阻止しようとしたりすることもあります。そうなった場合、買い手はさらにもう一つの関係者と向き合わなければならず、その支持を獲得する必要が出てきます。
また、買収対象企業が「ゴーショップ」条項を発動することも珍しくありません。これは、他の潜在的な買い手からの提案も含めてすべての選択肢を検討するという、株主に対する受託者責任を意味します。しかし、当社の経験では、最後の段階でより高い価格を提示してきた別の買い手が、実際にその企業についてより深い理解や明確なプランを持っているケースはほとんどありません。なぜなら、初期から関与しているスポンサーは、綿密なデューデリジェンスを行い、経営陣とも継続的かつ深い対話を重ねてきており、企業への理解度と洞察の面で大きな優位性があるためです。
非公開化プロセスは、多くの場合、複雑かつ時間がかかり、状況によって柔軟に変化するため、一筋縄では進みません。このプロセスには、多大なリソース、資本、そして忍耐力が求められます。
企業が事業売却を検討するにあたりPEマネージャーが採用しているもう一つの重要な戦略が、カーブアウトです。カーブアウトでは、親会社が事業部門、事業部、子会社をPE企業に売却します。その後、PEマネージャーは、売却された事業を独立した事業体として「立ち上げる」ための包括的な計画を実行します。
スポンサー間取引やファミリー経営・創業者主導の企業を直接買収する従来型の買収が「鍵を引き渡される」ようなものであるとすれば、コーポレート・カーブアウトは「飛行中の飛行機を組み立てる」ようなものです。企業を独立した事業体として立ち上げる作業は極めて複雑であり、特に最大の懸念事項である「事業の継続性」に関して情報の非対称性がある中で、買い手にとって難易度の高いプロセスとなります。
カーブアウトの条件を交渉する際に、売り手が事業立ち上げに必要な費用やリソースを過小評価することがよくあります。そのハードルをクリアした後も、取引が完了したからといって売り手とのやり取りが終わるわけではありません。買い手は売り手と協力し、事業を切り離すために数年間にわたって作業を行う必要があります。双方が信頼関係を築くことが必要であり、買い手はカーブアウトを成功させるための専門知識と能力があることを示さなければなりません。
トランジション・サービス契約(TSA)は、カーブアウトの生命線とも言える存在です。TSAとは、売り手と買い手の間で結ばれる契約であり、事業の切り離し期間中に売り手が提供するさまざまな機能について定めるもので、事業継続性の確保に不可欠なものです。買い手が新たな独立企業としてビジネスを立ち上げる計画を実行する間、新しい経営の初日から、人事、給与処理、保険、ITといった重要部門とシステムが支障なく機能することが絶対条件となります。さらに、外部ベンダーとの契約(運送業務から事務用品に至るまで)をすべて見直し、必要に応じて入札を行う必要があります。顧客や従業員、その他のステークホルダーにとって、新しい会社が一切の中断なく運営されることが求められるのです。
カーブアウト後、新たに独立した企業は、関連する商標、ラベル、標識とともに新たなブランドを構築しなければなりません。さらに、新会社の資本構成はより複雑になり、財務報告における重要業績指標(KPI)も変化することが予想されるため、コーポレート・トレジャリー(財務管理部門)の見直し・高度化が不可欠になります。そして、多くの場合、従来の大企業の一部門として経営方針を受けていたのとは異なり、独自の戦略を実行できる経営陣を新たに編成する必要があるかもしれません。
2018年、ブルックフィールドは自動車バッテリーメーカーのクラリオスを、魅力的なカーブアウト候補として特定しました。当時、クラリオスはジョンソン・コントロールズ傘下にあり、同社は中核事業の空調・暖房・換気(HVAC)分野に経営資源を集中するため、事業のスリム化を図っていました。
クラリオスは、低電圧自動車用バッテリーの主要メーカーであり、安定した強力なキャッシュフローを生み出していたものの、ジョンソン・コントロールズの主力事業の陰に隠れ、投資家から十分に理解されておらず、ブルックフィールドの規律あるPE戦略を適用できる、非常に魅力的な機会であると当社は考えました。この戦略とは:(1)不可欠かつ市場をリードする企業を見極める、(2)適正な価格で買収する、(3)オペレーショナルな改善を通じて企業価値を高める、という三段階のアプローチです。
カーブアウトのプロセスは交渉全体を通じて複雑で時間のかかるものでした。実際、カーブアウトにかかる費用とスケジュールに関する情報を入手するまでに、9カ月間にわたり話し合いが重ねられました。その後、ブルックフィールドが最初の概算を受け取ってからわずか1カ月ほどで契約が締結されました。その時点では、売却は6カ月後に完了する予定であったため、時間との戦いでした。
クラリオスを独立企業として立ち上げる準備に際しての最初の課題は、事業継続に不可欠なオペレーションがどれであるかを見極めること、そして一時的な分離コストを算出することでした。私たちは早い段階で、その一時費用が2億ドルに上ると見積もりました。この初期フェーズにおいては、製品や市場戦略よりも、ジョンソン・コントロールズに深く組み込まれていたバックオフィス業務に重点を置いて取り組みました。
ブルックフィールドでは、投資チームとオペレーションチームから構成されたワーキンググループを編成し、ベンダー契約の再交渉や、給与計算、調達、経理、IT、人事といった各部門が売却完了後に自立運営できる体制の構築を進めました。また、人員配置についても見直しを行い、新会社が必要な人材を適正な人数で確保できるように調整しました。
このプロセス全体を通じて重要な役割を果たしたのが、クラリオスのトランジション・サービス契約(TSA)です。同TSAは、売却完了から2年間有効で、ブルックフィールドが即座に提供すべきサービス、およびジョンソン・コントロールズが継続的に提供するサービスとその期間を明確に定めていました。そして2019年4月30日、ブルックフィールドは132億ドルでクラリオスの買収を完了させました。
ブルックフィールドは、その経営ノウハウをもとに、その後6年間でクラリオスの価値向上を実現し、新製品開発への投資、顧客サービスの改善、生産の最適化、高度バッテリー製造能力の拡充を進めました。米国製造拠点への投資は過去10年で10億ドル以上、今後10年間でさらに60億ドルの追加投資を見込んでいます。
また、経営陣の刷新と組織体制の強化も、カーブアウトにおける重要な要素でした。この複雑なプロセスでは、将来の戦略の明確化、既存人材の評価、新会社にどの人材を引き継ぎ、どのポジションを外部採用するかの判断が求められました。
こうした運営改善と、高度バッテリー製造へのシフトを通じて、EBITDA(利払い・税引き・減価償却前利益)は、買収当初の15億ドルから足元では21億ドルへと増加しています。同社事業は毎年高いキャッシュフローを創出し、約23%のキャッシュ・イールドを実現。これにより、借入による50億ドル規模の資金調達と、45億ドルの特別配当を2024年1月に株主へ還元することができました。
現在、クラリオスは先進的な低電圧バッテリー・ソリューションにおける世界的リーダーであり、世界の走行車両3台に1台に電力を供給しています。EVへの移行と電力需要の増加というグローバルな潮流の中で、極めて重要な役割を果たしています。低電圧バッテリー市場における世界シェアは30%、そしてより高利益な先進バッテリー技術においてはシェア約50%、今後も成長が見込まれています。
すべてのバイアウト取引には多大な労力が必要ですが、非公開化や企業カーブアウトは、その難易度と必要な努力の大きさから、多くのPEマネージャーが回避する領域です。これらの複雑な取引を相当規模で実行すると同時に、既存ポートフォリオの運営と活発な投資パイプラインの管理を行うには、大規模なチーム体制と高度な専門性が求められます。
より複雑な取引形態を追求し、リターンの可能性を最大限に引き出せるのは、こうしたリソースを備えたマネージャーのみであるとブルックフィールドは考えます。バリューの道を歩むには、人々が通りたがらない道を行く必要があるのです。そして、当社の経験測では、十分に試す価値のある旅だと言えます。
注記:
* マルチプル(EV/EBITDA倍率)が低下している局面で取得し、それが上昇した後に売却することで利益を得る方法。
1. 企業価値はエントリー時に指数化。エントリー年別の完全実現および部分実現のグローバル・バイアウト案件を含む。投下資本が50百万ドル以上の案件を含む。不動産は除外。すべての数値は米ドルで算出。
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